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節分

節分の由来を昔話で学ぼう!豆といわしについても紹介!

投稿日:2016年12月29日 更新日:

節分と言えば、日本の代表的な行事の1つですよね。
「ねぇ、お父さん(お母さん)。どうして節分には豆をまくの?」
「どうしていわしの頭を飾るの?」
などと、子どもに聞かれたことはないでしょうか。
私も子ども達に説明する時にとても苦労しました。

そして、昔話で説明してあげることを思いつき、いろいろ調べてみたので、いくつかご紹介します。
※最後にご紹介する昔話は、ちょっとおどろおどろしいものです。
不快になることもあるかもしれませんので、覚悟ができた方のみお読みください。
また、子どもにお話しするには不向きですので、皆さんの心に留めておいてください。

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節分の由来にまつわる昔話

では、早速ご紹介していきましょう。
節分の由来の昔話です。
調べたところ細かい描写がなく、私がほんの少しだけ肉付けしたものです。
※詳しい方がいらっしゃいましたら、教えていただけると大変嬉しいです。

ちなみに、豆には「生命力」「魔除け」の呪力が備わっているという信仰と、語呂合わせで「魔目(まめ)」を鬼の目に投げつけることで鬼を滅する「魔滅(まめ)」があります。
どちらも、鬼に豆をぶつけることで邪気を追い払い、1年の無病息災を願うという意味が込められています。

毘沙門天からのお告げ

宇多天皇の時代、鞍馬山に鬼が出ました。
鬼たちは、都に降りては悪さをして荒らして回りました。
ある時、夢に毘沙門天が現れて言いました。
「炒った豆で追い払いなさい。」
それを信じた人々は、喜寿をし、鬼の穴を封じ、三石三升の入り豆(大豆)を投げつけて鬼の目をつぶしました。
これによって、鬼は退散し、災厄を逃れたということです。

 

節分の豆の由来にまつわる昔話

次は、節分の豆にまつわる昔話です。
昔話をご紹介する前に、「なぜ炒った豆が使われるのか」について、軽く説明しておきます。

一説では、陰陽で使われる五行に関する考え方があります。
五行では、鬼は「金」にあたります。
金に対して優勢なのは、「火」であり、豆を炒ることで「火」の力が宿り、鬼に勝る・・・という考えから来ています。

そして、もう一説。
豆まきをすることで、1年の厄を落とすとされていますが、「生の豆」をまくと、新たに芽を出してしまいます。
これは、前年の厄を今年に引き継いでしまうので、良くないこととされ、前年の厄は前年で終わりにするために、芽が出ない「炒った豆」が使われるようになった・・・という考えです。

どちらにしても、「炒った豆」でなくては、鬼に対して効力がないとされていますね。
そして、これからご紹介する昔話3作品も、炒った豆が使われています。

こちらは、子ども向けにたくさん語り継がれているようです。
早速見ていきましょう。

 

中国山地の民話

その昔、節分は今のような「豆まき」ではなく、幸せを祈るために、神社やお寺にお参りに行く日でした。

ところが、そのお参りに行く人々を、鬼達が襲って食べるようになりました。
それを知ったお釈迦様が鬼の親分を呼び出し、
「お前たちは、私の所へ幸せを祈りに来る人々を食べているそうだな。」
と、言いました。
「はい、その通りです。しかし、昔から鬼は人間を食べてきました。他の食べ物では、力がみなぎりません。」
と、鬼は答えました。

すると、お釈迦様は鬼に豆を差し出しました。
そして、
「お前たちにこの豆をやろう。この豆を育てて、見事実らせることができたなら、今まで通り人間を食べることを許そう。その代り、豆が実らなければ、人間を食べてはならないぞ。どうだ、約束できるか?」
と、問いました。
すると、鬼の親分は、大声をあげて笑いました。
「そんなことは、容易い。約束しよう。」
と、自信満々に答えました。
そして、お釈迦様から豆を受け取った鬼の親分は、子分の鬼達と畑を耕し、豆をまきました。

ところが、いつになっても芽が出てきません。
水をたっぷり与えても、芽が出てきません。
「おかしいなぁ・・・。」

疑問に思った鬼の親分は、お釈迦様の所へ出向きました。
そして、
「お釈迦様、もらった豆のが、いつになっても芽を出しません。豆が腐っていたのではないでしょうか?」
と尋ねました。
すると、お釈迦様は怪訝そうに言いました。
「そんなことはない。私が育てた豆は、この通り芽を出しておる。」
お釈迦様の指さす方を見てみると、確かに豆は芽を出し、青々とした豆畑が一面に広がっているではありませんか。
それを見た鬼の親分は、
「おかしいなぁ・・・なぜ俺たちの豆だけ芽を出さないんだ?」
と、首を傾げました。
「ならば、もう一度やってみるか?」
と、お釈迦様は豆を差し出しました。
鬼の親分はそれを受け取ると、喜んで帰っていきました。

実は、神様が鬼に手渡していた豆は、火にかけて炒った豆だったのです。
これでは、どんなに頑張って育てようとしても、芽が出るわけがありません。

そんなこともつゆ知らず、鬼達はせっせと水をやりました。
けれど、一向に芽は出てきません。
「お釈迦様、どれだけ水をやっても芽が出ません。」
と鬼達は言いました。
すると、お釈迦様は言いました。
「それは、お前たちが人間達を食べたりするからだ。もう一度だけ豆をやっても良いぞ。」
「いやいや、もう豆を見るのも嫌だ。約束通り、人間を食うのは止める。」
と、鬼の親分は首を横に振りました。
そして、こう言いました。
「けれど、道で転ぶくらい弱った人間ならば、食べさせてくれ。ただし、疲れて転んだ人間は食わないと約束しよう。」
それを聴いたお釈迦様は、少し考え込んで、それから頷きました。
「よい、良いだろう。」

鬼達が帰ると、神様は人間達に言いました。
「人間達よ、よく聞きなさい。道で転んだときは、早口で『疲れた、休もう。』と言うのです。そうすれば、鬼が襲ってくることはありません。それから、鬼は要った豆が大嫌いです。鬼が現れる節分の日には、炒った豆を鬼に投げつけてやると良いですよ。」

それからというもの、人間達は道端で転ぶと、皆口々に、早口で、
「疲れた、休もう。」
と言うようになり、鬼達は手が出せなくなったということです。
節分に豆をぶつけるようになったのは、この頃からと言われています。

 

福岡県の民話

昔々、お殿様の使いで、他国へ行く男がいました。
門司の鹿喰峠(福岡県北九州市のしじばみ峠)と呼ばれるところにある、大きな岩の上に座って、タバコを吸いながら休憩をしていました。
すると、突然鬼が現れて言いました。
「おい、お前。うまそうだな。悪いが、昼飯としてお前を食わせてもらうぞ。」
男は、怖さのあまり腰が抜け、動くことができません。
けれど、勇気を振り絞り、こう言いました。
「た、た、た、食べるのならば仕方あるまい。けれど、一生のお願いだ。頼みを聞いてくれ。」
「良いだろう。で、頼みとは何だ?」
男は震えるのを必死でこらえながら、
「鬼というものは、自分の体を自由に変えられると聞いたことがある。食べられる前に、何かに化けてみてはくれないか?」
と、言いました。
すると鬼はニヤリと笑い、大きく口を開けて息を吸い始めました。
ゴーーーーという音が鳴り響いています。
少しずつ体が大きくなり、あっという間に山よりも大きくなってしまいました。
「どうだ、恐れ入ったか?」
鬼は得意げに言いました。
「あぁ、さすが鬼だ。でも、小さくなるのは無理だろうなぁ?」
と、男が言うと、鬼はピューーーーーと息を吐き、見る間に小さくなっていきました。
そして、ついに豆粒くらいの大きさまで小さくなってしまったのです。
「どうだ、これで満足か?」
鬼がそう言うと、男はニヤリと笑い、
「あぁ、満足だとも。」
と言って、鬼をぺろりと飲み込んでしまいました。
「鬼を退治したぞ!」
と、喜んでいたのもつかの間、男はお腹が痛くてたまらなくなりました。
そうです。
豆粒ほどの大きさになった鬼が、お腹の中で暴れているのです。
男は、恐ろしくなって玉泉寺(ぎょくせんじ)というお寺に駆け込み、和尚さんに助けを乞いました。
「和尚様、助けてください!小さくなった鬼を飲み込んだのですが、お腹の中で鬼が暴れて、お腹が痛くて痛くてたまりません。」
すると、和尚さんは、小僧に炒った大豆を用意させました。
そして、
「鬼は外!鬼は外!」
と叫びながら、その炒った大豆を、男に食べさせました。
すると、男のお腹がどんどん膨れ上がり、ブーーーーーっと大きなおならが出たのです。
そして、おならと一緒に小さくなった鬼も飛び出しました。
けれど、そのおならがあまりにも臭かったので、鬼はそのまま死んでしまいました。

和尚さんによると、鬼の正体は、御寺の境内にあるクヌギの精が化けたものだったそうです。
そして、見事鬼を追い出したこの豆が、豆まきの由来だとも言われています。

 

伊豆の民話

昔、あるところに百姓一家が住んでいました。
日照りが続き、農作物が取れなくて困っていた父親は、
「雨を降らせてくれたら、娘を嫁にやっても良いのだが、そんな奴はおらんだろう。」
と、天に向かって呟きました。
すると、それを鬼が聞いていました。
翌日、鬼は雨を降らせると、百姓の所へ行きました。
そして、
「俺が雨を降らせてやったぞ。約束通り、娘を嫁によこせ。」
と言い、末娘のお福をさらっていきました。
お福は、さらわれていく道中、母親から手渡されていた菜の花の種を、一粒一粒落としていきました。
鬼は、以外にも親切だったが、お福は家に帰りたくて帰りたくて仕方がなかった。
春になると、お福が道端に落とした種から菜の花が咲き、実家までの道しるべとなっていました。
お福は鬼のいぬ間にそっと抜け出し、飛ぶように家に帰って行った。
鬼はお福のいないことに気づき、お福を追いかけて実家に向かった。
たどり着くと、母親が豆を差し出し、こう言った。
「この豆から芽が出た頃、お迎えに来なさい。」

鬼は豆から目が出ることを楽しみにしながら、畑に植えて水をやった。
しかし、一年経っても芽が出てこない。
鬼は怒ってお福の実家に怒鳴り込んだが、父親に、
「鬼は外!」
と言いながら豆をぶつけられ、追い出された。
そして、自分の豆から芽が出ていなかったことを思い出し、鬼はとぼとぼと山へ帰って行った。
これが、豆を使われるようになった由来と言われている。

節分の日には、よく炒った豆をまかないと、鬼が拾って芽を出させるかもしれませんよ。

 

 

節分のいわしの由来にまつわる昔話

さて、豆にまつわる昔話を見てきましたが、次はいわしの由来がわかる昔話について触れていきましょう。

1作目は、すでにいわしが嫌いになっている昔話です。
2作目は、決して子どもには伝えてほしくない、おどろおどろしい昔話です。
これを読むと、「なるほど、それでいわしが使われたのか・・・」とお分かりになると思います。

 

ひいらぎいわし

昔、里から一人の娘が鬼にさらわれ、鬼と一緒に山で暮らしていました。
やがて、娘には鬼との間に子どもが生まれました。
最初は嫌だった鬼との生活も、鬼の親切な態度に、娘も次第に慣れていった。

ある時、里から娘の父親が、娘を迎えに山へ訪れた。
娘も子どもも大層喜び、父親をもてなした。
どのくらい時間がたっただろうか。
ズシン、ズシン、ズシン・・・・・・と、鬼が家へと近づいてくる音が響いてきた。
「鬼に見つかったら、食べられてしまう。早く隠れて!」
娘はそう言い、父親を空の水がめの中に隠した。

「ん?人間の匂いがするぞ?」
と、鬼はそこらじゅうの匂いを嗅いだ回った。
「私の匂いではありませんか?」
と言って娘はごまかそうとしたが、鬼は水がめの中の父親を、すぐに見つけ出してしまった。
恐れおののいてびくびくしている父親を、鬼は歓迎して、その日の晩は酒盛りをした。

翌日、鬼は狩りに出かけた。
その隙を狙って、3人は里へと逃げ出した。
金棒を忘れたことに気が付いた鬼が帰宅すると、そこには3人の姿がなく、鬼はすぐに逃げ出したことに気づいた。
そして、里に向かって勢いよく降りて行った。

里へと向かった3人だったが、鬼の足の速いこと。
あっという間に追いつかれてしまった。
いかだに乗って逃げようとする3人だったが、鬼が川の水を全て飲み干してしまった。
3人は慌てて面白いことをして、鬼を笑わせ、鬼が大笑いをしてしまったので、飲んだ川の水を全て吐き出してしまいました。
そして、3人を乗せたいかだは、里へと下りてきました。

ある晩のこと、鬼は里へと下りてきて、娘と子どもを連れて帰ろうと思っていました。
やっとの思いで娘の実家を見つけましたが、鬼は同時に恐ろしいものを見てしまったのです。
それは、柊の葉に焼いたいわしの頭を突き刺したものでした。

調度その日は、節分の夜だったのです。
「いわしを焼いてこんな姿にするとは、人間という生き物は、残酷なんだ。もしかしたら、我が子も切り刻まれてしまったかもしれない。」
そう思った鬼は、恐れおののいて山へと帰って行きました。

 

出所不明の昔話

昔々、あるところに若い夫婦が住んでいました。
子どもはまだいませんでしたが、二人仲良く位していました。

ある時、近くの山に住む鬼が、里を襲ってきました。
男は必死に戦いましたが、力及ばず、嫁を連れていかれてしまいました。
「必ず連れ戻しに行くぞ!」
そう決意した男は、準備を整えました。

それから少しばかり経ち、男は山へと入っていきました。
そして、嫁を見つけ出しました。
鬼の姿はどこにも見当たりません。
「よし、逃げるぞ!」
そういう男に、女は答えました。
「子どもも一緒に連れて行ってください。」
ふと見ると、嫁の懐には、右半身が鬼、左半身が人間の姿をした赤ん坊がおりました。
男は考えましたが、すぐに答えました。
「お前が産んだ子なら、一緒に育てよう。」
そして、3人で里へと逃げていきました。

数日後、鬼が帰宅すると嫁と子どもの姿がありません。
男が連れ去ったことに間違いないと思った鬼は、里へと下りていきました。
嫁はもともと男の連れだったのですから、連れ去られても仕方がありません。
でも、子どもは鬼の子どもでもあります。
鬼は、子どもだけでも返してもらおうと考えていました。

鬼が夫婦の家に到着すると、いきなり入って行っては、子どもに何をされるか分からなかったので、鬼はそっと中を覗き込みました。
すると、その家の中の光景を見て、鬼は一目散に逃げ出してしまったのです。
「人間とは、なんて残酷なん生き物なんだ!」
と、恐れおののいて逃げ出したのです。

さぁ、家の中ではいったい何が行われていたのでしょうか?
それは、夫婦二人で、子どもの右半身(鬼の方)を、切り刻んだり、すりつぶしたりして、最後には焼いていたのです。
鬼との間に生まれた子どもと一緒に暮らしていた夫婦でしたが、男は、愛情が増す代わりに、憎しみがどんどん募り、鬼の部分だけ殺してしまおうと考えてのでした。

 

 

まとめ

最後の最後に後味の悪いお話となってしまいましたが、納得のお話だったのではないでしょうか。
どこを探しても「いわしの由来の昔話」がなかなか見つからず、ようやく見つけたのがこのお話でした。
とても残酷な話ですが、私は思いました。
人間の中には、鬼も恐れるようなおどろおどろしい感情が隠れていて、「節分に鬼を追い払う=自分の中のおどろおどろしいものを追い出す」ことが、実際の節分なのではないかと・・・。

よく、「鬼は心の中にいる」と言いますよね。
皆さんの心の中には、どのような鬼が潜んでいるのでしょうか。
私の心の中には・・・言えません。。。

お子さんと一緒に、節分の由来となった昔話を楽しんでください。
そして、炒った豆と焼いたいわしの頭もしっかり用意して、鬼に勝ってくださいね。
私もしっかり準備します!!

他にも節分関係の記事をご紹介します。

合わせてご覧ください。

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